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最高裁判所第一小法廷 昭和24年(オ)306号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告理由第一点及び第五点について。

原判決は、本訴当事者間の売買は、当時訴外堀広の所有していた建物を目的として成立したものであることを認定しているのである。しかも、この事実認定は、原審がその認定資料とした証拠に照らしこれを肯認するに難くないのである。論旨第五点の所論は事実審である原審がその裁量権の範囲で適法になした証拠の取捨乃至事実の認定を非難するに外ならないのであり、上告適法の理由とならない。また、右原審の認定した事実によれば、本訴当事者間の売買は、所謂他人の物の売買であること多言を要しないところである。そして、一般に契約の履行がその契約締結の当初において客観的に不能であれば、その契約は不可能な事項を目的とするものとして無効とせられること、洵に所論の通りであるが、他人の物の売買にあつては、その目的物の所有者が売買成立当時からその物を他に譲渡する意思がなく、従つて売主においてこれを取得し買主に移転することができないような場合であつても、なおその売買契約は有効に成立するものといわなければならない、この事は民法が他人の権利を目的とする売買についてはその特質に鑑み同法五六一条乃至五六四条において、原始的不能の場合をも包含する特別規定を設け、前示一般原則の適用を排除していることに徴して明らかであろう。されば仮に論旨第一点所論のような事情があつたとしても本件売買の成否を左右するものでないこと勿論であるから、論旨第一点も亦採用し得ない。

同第二点乃至第四点について。

原判決が本訴当事者間の売買を他人の物の売買であると認定したものであることは、前説示の通りである。そして他人の物の売買においては、売主がその売却した権利を取得してこれを買主に移転することができないときは、買主は唯それだけの事由に基づき契約の解除をなすことができるのである。もとよりその履行の不能が原始的であると後発的であるとを問わず、また売主の責に帰すべき事由によるものたるか否かは問わないのである。この事は民法第五六一条の明規するところである。本件において被上告人主張の本件売買契約の解除が右民法第五六一条の規定に基づくものたることは、昭和二四年九月九日の原審口頭弁論における裁判長の釈明により明確にされているところであるから、原審が本件売買の目的物件である建物の所有権移転の不能であることを認定して、被上告人のなした契約解除の意思表示を有効としたのは、むしろ当然といわなければならない。尤も原判決は右建物所有権移転の不能が売主である上告人の責に帰すべき事由により生じたものであることを判示しているのであるが、かかる事項は前説示の如く本件契約解除の有効無効には何等関係なきところであつて、右の判示は何等かの錯誤に出でたものであろうけれども、原判決が本件契約の解除を有効とした判断の結論そのものには影響しない無用の説示たるに過ぎないのである。所論はすべて原判決の右説示に禍されて本件契約解除の意思表示が民法第五四三条に基づきなされたものであるかの如くに解し、これを前提としての立論であつて、同法条の解釈論としての当否を判断するまでもなく、採用し得ないことは明らかである。

よつて民訴四〇一条、九五条、八九条に従い主文のとおり判決する。

この判決は裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 岩松三郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 斉藤悠輔)

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